日記・コラム・つぶやき

就職先決まる

富山市の会社から内定連絡があった。4月1日から就業開始。

同人活動は会社勤めを再開し一定の見通しが経ってから再開する。

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じゃがいもと世界史

6月22日付「中日新聞」、「北陸中日新聞」、「東京新聞」に折り込まれた別刷り「サンデー版」に興味深いテーマが載っていた。

南米起源のじゃがいもの世界への伝播、現代社会に於けるじゃがいもの位置付けに関する解説であるが、現在投機資金の流入やバイオ燃料への転換等々の理由で高騰している食料品価格の中、じゃがいもはその影響を殆ど受けていないとの事である。

これに関しても書籍を見付けた。一読をお勧めする。

ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書 1930) Book ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書 1930)

著者:伊藤 章治
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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コーヒーと世界史

煙草も酒も嗜まない私にとっての嗜好品はコーヒーである。コーヒーはガソリンのようなものである。

今は自宅ではメリタのペーパーフィルターで淹れて味わい、外出先でドトールを見掛けると思わず入ってしまう。

健康に悪いイメージもあるコーヒーであるが、本当は適度のコーヒーは健康にいい。詳しくは全日本コーヒー協会の以下のホームページをご参照願いたい。

http://coffee.ajca.or.jp/health/index.html

後、面白い本を見付けた。コーヒーと世界史を結び付けた本で、「コーヒーは世界史の『黒い血液』と言っている」

Book コーヒーが廻り世界史が廻る―近代市民社会の黒い血液 (中公新書)

著者:臼井 隆一郎
販売元:中央公論社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

結構前に出た本であるが、一読の価値はある。

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有難い

6月14日の日記で朝日新聞北海道支社に6月9日夕刊を請求した所、「在庫がない」とにべもない反応だった事を書いたが、知人の協力により入手出来る運びになった。

心より感謝したい。

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「ご冥福」の氾濫

参考リンク
http://www010.upp.so-net.ne.jp/amida/greet4.htm

日曜日の秋葉原での凶行に限らず、テレビを中心にしたマスコミで盛んに「死者の冥福をお祈りします」が洪水の如く使われている。

しかしながら、宗派によってはこの表現が死者を冒涜する表現になりかねない事も知っておくべきだと思う。

因みに私の家は浄土真宗なのでこの表現は使わない。

宗教と言うものは複雑なものであり、中にはカルト教団もあったりするがまともなものでは情操教育や人格形成に役立つものも多い。

私もそうであるが日本人は押しなべて宗教心が薄いと思うが、それが酷くなると無宗教になり、心の拠り所を無くした上、生きる事の意義死ぬ事の悲しみにさえ無知になり、今回の加害者の如き人間も生み出すのではないだろうか。

誤解を恐れずに言うと、私自身は日本人には或る程度の宗教心が必要ではないか、と思う。

今度自分の家で信仰している宗教に関して誤解がないか、地元の東本願寺富山別院に行ってみようか、と考えていたりする。

そして遠くからではあるが、二度とこのような悲劇が起きないよう手を合わせたい。

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秋葉原通り魔事件

事件の第一報を聞いたのは大阪の同人誌即売会にサークル参加していた時だった。

一瞬信じられなかった。テレビは観られなかったものの、ネット上ではあっという間にこのニュースは駆け巡った。

新聞はと言うと、日曜日なので夕刊はない上、生憎事件が起こった8日は新聞休刊日だったので翌朝の朝刊発行はスポーツ紙の「即売特別版」を除きなし。一般紙に載ったのは9日月曜日の夕刊か翌々日10日火曜日の朝刊だった。

ネットやテレビニュースは速報性を競ったが、新聞は発行まで十分時間があるのでどれだけ事件を掘り下げた報道が出来るか期待している。

秋葉原は私が社会人になって最初に勤めた場所(但し昭和通り側)である。当時は今のような観光地やサブカルの発信地と言うよりはコンピューターマニアが集う、何処となく「一見さんお断り」の雰囲気を持っていた。同人ショップは昭和通り側に「D-カルト」と1994年に開店した「とらのあな」があったのみ。アニメイトもゲーマーズも未だ出店していなかった。(アニメイトの初出店は1999年に昭和通り側、ゲーマーズの初出店は1999年に末広町近くで屋上看板から「でじこビル」と呼ばれていた。)

その後転職してからヲタク化が進行していた私は最早秋葉原とは縁が切れなくなった。その秋葉原で白昼堂々と無差別殺人が起こってしまった。

「許せない」、「犯人に死を」と言う感情的な意見があちこちから出ているようである。

言うまでもなく今回犠牲になった無辜の7人に対し衷心から哀悼の意を表する。

しかし、今回の事件は犯人が死刑になってそれで解決するものであろうか?

犯人が死刑になり刑場の露と消えたとしても遺族の気持ちが晴れる訳でもなく、傷痕は何時までも残る事であろう。そしてその気持ちを癒す事が出来るものは人智では不可能であると思う。私が考えるにそれは「時間」である。なので遺族に次々とマイクを向け傷痕に塩を塗るような行為はマスコミは自粛して欲しい。

後、25歳の派遣社員にこのような凶行を起こさしめた背景も考えないといけないだろう。
勿論私はこの凶行を弁護する気はない。しかし現代日本社会の病理の一端を表しているのではないか、と思う。

容疑者は青森県出身であると言う。しかし社会人になった後派遣社員と言う不安定な身分で真面目に仕事をこなしても安定した職に就けるか分からないと言う不安を抱えていたのではないか、とも考えられる。

青森県は有効求人倍数が下から数えた方が早い位求人が少なく、就職しても平均賃金全国46位と言う状況で働かなければならない。ここに以前は存在しなかった都会と地方の大きな格差を感じ、地元で就職出来ず派遣社員として「出稼ぎ」で仕事をせざるを得ないと言う不条理も感じる。

「職を選ばなければ仕事はある筈だ」と言う論者もいる。しかし容疑者は自動車整備工養成をする短大と言う専門的な学歴を持っている。折角の専門的技術を地元で生かせず、自動車工場で派遣社員と言う「工場のネジ」と言う立場でしか生かせなかった無念な気持ちを想像してみるといい。「工場の歯車」はなくなれば動かなくなるが、ネジ1本なくなっても工場と言う機械は動くものである。

そして同じ職場で同じ仕事をしていても正社員、直接雇用のパート社員、派遣社員、業務請負社員と幾つもの階層に分かれ、給与も待遇も全く異なり、中には違法な雇用体型さえ横行していると言う事も又、疑問を感じないのは如何なものか。

そして、現場で被害者が断末魔の叫びを上げている中、周囲を取り囲み携帯で写真を撮ったりメールを打ったりしている人々の無気力・無関心さ、かつて魯迅が医学から文学に転向するきっかけになった仙台医学学校で見せられた映像を連想させる。

この事件を加害者が死刑になる事で終わらせてはならない。

寧ろこれを機会に現代日本社会が抱える病理について考えないといけないのでは、と思う。

何故ならこの社会構造が続く限り、幾ら警備を厳しくしても、幾ら死刑を次々と執行しても、7年前に大阪・池田で起こったように何処でも誰にでも起こり得るのだから。

即ち、例え正社員でも公務員になっても何かのはずみで失職しかねない薄氷を踏む環境下、「絶対」の安全は存在しない。容疑者のような心境になる事は、誰でもあり得る世の中である、と言う事を認識して、どうすれば改善するか、考えないといけないのではないか。

…うまくまとまっただろうか。

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明日から復職

今日は何処かに外出する事もなく、ひたすら自宅で新聞の整理を行っていた。

結果新聞袋が2つ埋った。玄関先に出しておく。

明日から復職。定時の8時前に出社出来るよう、風呂に入り体を清め、早めに寝る事にしよう。

お飾りの抱負の言葉など意味がない。行動で誠意を示すのみである。

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復職直前の受診

東京から戻り、熟睡してから神経科を受診。25日が復職日で明日は休診日なので今日が受診最後の機会である。

現状を医者に話し、復職に当って診断書を書いて貰う。

帰りに近所のマックスバリュに寄り、今まで旅行三昧で切れ掛かっていた牛乳等を買う。

帰宅後昼食の後部屋の整理をしようとしたら急に眠気を感じ、そのまま今まで眠っていた。

嗚呼、何時からこんなに怠け症になってしまったのか、と自責の念に駆られる。明日は復職前最後の1日、明日頑張って乗り切ろう。

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ご無沙汰&改革

長らくブログの更新をおざなりにしてきた。

今後簡単に投稿出来るよう、過去に投稿した分を含めて内容を刷新する事にする。

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生存報告

ブログの更新は大幅に遅れているが、取り敢えず生きているので報告まで。

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